午後の微睡み、或いはそれを裂く悲報
無題
愛とは何なのか、それは誰に尋ねてみても、尋ねられた当人にだってわからない事なのだと思う。
語る愛、愛を騙る、いずれにしたって愛である事には変わりない。
漠然としたその問いは焼き過ぎた硬い肉のように、いつまで咀嚼しても硬いままで、のど元を通り過ぎてはくれないのだ。
私のかたわらに空いた椅子がひとつある。かつて私が愛した人が座っていた場所だ。
彼は既にこの世を去っているが、彼と過した記憶は生前より生き生きとしている気がする。
私に語りかけ、私の肌に触れ、吐息をより間近に感じていたあの頃よりも、ずっと美しくきらきらとしていて鮮やかに色づいている。この空いた席から影のぬくもりさえ伝わって来そうなほどに。
彼は眠るように逝った。病死だった。白くも仄かに黄色みを帯びた肌は、冷たいのかぬるいのかよくわからない温度だった。
不思議と涙は出なかった。彼が死んで三日ほど経った頃に、かたわらにあったはずのぬくもりが失せている事にやっと気がついた。
──嗚呼、愛とはこう云う事なのか。
ふとなぜか、そう直感した。
私は確かに彼を愛していた。
その事実には、彼を喪ったあとにようやく気づいた。
しかし彼は、記憶の中で今でもやわらかくほほ笑み、かつてと同じようにかたわらに座り私に語りかけるのだ。