仮面
「ですね。気をつけます」



 市川はそんな言葉を残してそば屋から出ていった。


 一瞬大家の立たされている状況に市川は同情したものの、すぐさまそれは頭の中から取り払われた。



 女の泣き声ねぇ。



 メモの中に唯一下の名前で書かれてあった「順子」が、その泣き声の主なのだろうか。



 痴情のもつれか?




「でもなぁ」




 市川は情報の無さにため息を吐いた。



 手段からいけば大家に上田の実家の連絡先を聞くか、アパートの住人に聞き込みをする。



 前者は今日大家から聞くことを忘れて、だからと言って後に明かしてくれるとも限らない。



 後者は、大家が知る上田の生活サイクルからすれば、情報がない可能性が高い。



 でもやるしかねぇよな。


 市川は自分を奮い立たせるようにそう呟き、現場のアパートを見上げた。
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