仮面
 女は向かいのアパート階段で座っている上田に目を向けることなく、顔を下に傾け覚束ない足取りで現場のアパートの階段を上った。




「なんでよ・・毅」




 女は上田の部屋の前にしゃがみ込み、そう言ってすすり泣いた。



 後を追ってその言葉を聞いた市川は、タイミングと行動から女を上田と関わりが深い人物と断定した。



 ただしゃがみ込んで嗚咽を漏らす彼女に声を掛ける気にはなれず、その声が止み終わるまで、市川は1階と2階の間にある小さな踊り場で立ち尽くした。  


 メモの名前わかってくれれば良いんだが・・



 市川は泣き止むまでの暇潰しのように、ショルダーバックから取り出したメモを書き写した物を眺めていた。



 それから五分くらい経ってようやく泣き声が治まり、市川はそそくさとその女のもとに向かった。
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