仮面

　野村はあからさまにため息を吐いて「どうぞ」と煩わしそうに言ってテーブルに目を落とした。



　市川は愛想笑いを浮べつつ「鎌田さんってご存知ですか？」と、期待するわけでもなく質問を投げ掛けた。



　ここでミステリー小説や何かだと、「えぇ」と有益な情報を聞ける可能性もあったが、野村は目を落としたまま頭を左右に小さく振って「知りませんね」と不機嫌そうに答えた。



　それを受けて市川は立ち上がり「今日はありがとうございました」と言って頭を下げてそそくさと店を出た。



　時刻はまだ１２時半を回ったばかりで、会社も駅から近いことを考えると、積み重なった仕事があるのか、もしくは市川を早々と追い払いたいと思ったのだろう。



　少なくとも一緒に立ち上がるなどの急いだ様子は見受けられなかったから、後者の線が強い。



　店から出た市川は向かいある書店に立ち寄り、入り口付近にあった雑誌コーナーの前に立ち、そこから店の中にいる野村の様子を窺った。