仮面
 予想通り野村はコーヒーカップをゆっくりと口に運んで、席から立つ気配はまるでなかった。



 適当に取ったファッション雑誌に目を落とし市川は苦笑いを浮かべ、これからどうするかな、と自分にも聞き取れないような声で言った。



 原田に会うまで時間をいかに有意義に過ごすか。



 このまま野村を尾行しても会社に戻るのが関の山で、強引にまた話を聞こうとしても有力な情報を得られそうにもない。



 しかも無理にまた話を聞けば、心を閉ざして今後話を聞き難くなる。



 しかし市川はどうも釈然としていなかった。



 野村の話によれば、上田はただの同僚で、むしろ嫌いな人物であった。



 野村自身、自分の立ち振る舞いをどう思っているかはわからないが、少なくとも上手く自分の感情を表に出さないようにできるほど器用そうではない。



 そんな人間が嫌いな人物から親族の死を聞かされた上に、金を貸してくれと頼まれるだろうか。しかも野村の存在は元恋人の川本順子まで知っている。



 ただ上田が勝手に野村を慕っていたとも考えられない。
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