タイムストッパー
 サイレンの音は大きくなっていた。間違いなく、こっちに向かっている。

 戸井田は使い切った消火器を元の玄関に置き、ドアの外で人の声がするので、父親の部屋を通った。

 父親は不在だった。ベランダに出た。外にも声がして、人がいる。戸井田は時間を止めて、ベランダから隣の家の仕切りを乗り越えた。幸い隣人はベランダの鍵を閉めていなかったので、簡単に部屋に入り込めたし、留守だった。玄関まで来た。時間を動かし、ドアの鍵を開け、人が一人通れるほどの狭いすき間のスペースを確保して、再び時間を止めた。

 そのまま、走って自宅を離れた。

 マンションから百メートル離れた場所で、戸井田は時間を動かした。

 けたたましくサイレンを鳴らし、消防車が戸井田の横を走って行った。

 戸井田はタバコが吸いたくなった。

 ハッとした。寝タバコが原因で火事になったのだ。

 もうこれで、自宅に帰るのは当分の間ないだろう。お金の心配はないので、ネットカフェに身を置くことにした。今度自宅に戻るのは未定だ。
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