隣人Ｍ

戦場の記憶

｢夕夏｣


椎名は夕夏を抱き締める。彼女はもがいた。


｢やめろ！くっ……この！離せ！まだ時間じゃない！｣


｢分かっているさ。いいものを見せようと思ってね｣｣


椎名はポータブルモニターの電源を入れた。ガリガリに痩せた克己の姿が映る。夕夏は顔をそむけた。


｢見てみろ、克己の目を。俺たちが治療をしているおかげで、光が戻ってきている。これでやっと心療手術ができそうだ。マンションの保護もできているようだし……｣


椎名はマンションに厳しいチェックの視線を向ける。


｢時間を早めよう。もういいだろう。あんまりここに長居するのもよくないからな。いいな、夕夏。302番を消して、今から最終治療に入る｣


｢最終治療……もうそんな段階に……｣


｢ああ。Ｍのところへ行くぞ。さあ、夕夏｣


｢待て。まだ約束の時間じゃない。それから、あと１日、待ってくれないか｣


｢いい加減にしろ。克己の治療が……｣


｢椎名。いいえ、夏彦｣


夕夏は唇をかみしめた。


｢あなたは克己を……本当に手術したいと思っているの？｣


椎名は夕夏を離した。夕夏は走って姿を消した。ぼんやりその姿を見つめる椎名は、即答できなかった自分に驚いていた。