隣人M

グレート・マザー

二人は目を見合わせ、克己は夕夏の横に立った。そして、二人で同時に一歩を踏み出した。

とたんに、中に吸い込まれるような感覚に襲われる。すごいエネルギーだ。目を開けていられない。手が離れそうになる。必死にお互いの手を握り合うが、汗ばんだ手は、非情にも二人を割いていく。夕夏の長めの爪が、きりきりと克己の指に食い込む。歯を食いしばる。彼女の爪がつるりと滑った。一瞬、離れそうになったが、克己がしっかりと夕夏の人差指を握る。それでも、ずるずると滑る。あと1センチ、あともう……。

「夕夏ーーーーッ!」

とたんに、二人の体は宙に浮いた。ふわりふわりと海を漂っているようだ。何とも言えない安らぎとぬくもりが、流れ込んでくる。暗い中に一条の光が見えた。二人の体はそちらに運ばれているようで、その光の中にたたずむ人物が次第にはっきりと見えてくる。隣の夕夏を見ると、彼女も、食い入るようにそちらを見つめていた。

「女……髪の長い……」

豊かな髪のすらりとした女。まだ後ろ姿しか見えない。少しもどかしく思っていると、彼女はゆっくりと振り向いた。全身が淡い光に包まれて、輝くばかりに美しい。それは、まさに……。

「克己のグレート・マザー、私……?なぜ……?」

夕夏が震える声でつぶやいた。女が振り向いたのは一瞬で、そのあと二人は深い闇に包まれた。

「ねえ、克己……」

「何?」

「見た?」

「うん……」

とぎれとぎれの会話。こんなにおびえた顔をした夕夏を、克己は初めて見た。しかし、彼女の顔には一抹の幸福も浮かんでいた。なぜ、こんな複雑な表情を?

「俺の……心の支えは、いつでも……」

「いいの」

きわめて短い言葉で、ともすると感情が爆発しそうなほどに想いのこもった克己の言葉を制した夕夏。あっさりした、しかし余韻の残る、胸にぐっとくるような言葉だった。

夕夏はうつむき加減に克己をちらりと見て、指にはめられたリングをそっとなでた。

「ここから、出ましょう」

「うん、でも、どうやって……」

「この機械があるから、大丈夫。外界へ帰るわよ。さあ、じっとしていて」
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