隣人M

裏切り

凛とした澄んだ女の声が響き渡った。冷たく、感情が全くこもっていない機械的な命令だった。しかし、その声は同時に、懐かしさも感じられた。克己は本能的に振り向こうとしたが、後頭部に冷たいものをぐいと押し付けられて、仕方なく前に向き直った。


「手をノブから離せ。……そうだ」

「あんたは誰だ?その頭に当てているものをどけてくれないか?冷たい……」
「無意味な質問はよせ。よほど死にたいなら別だが」


克己は緊張した。銃口だ。この女、本気で俺を殺してもかまわないと思ってる。


「あんた、ここの住人?それだけ教えてくれ」
「聞いてどうする?お前には関係のないことだ。いいか。今から質問をするから答えろ。もしそうでなかったら……」


カチャリと何かをはずす音がした。


「分かった、分かった。何でも答えるから、殺さないでくれ」
「よし。神楽夏彦はどこだ」
「夏彦……?」


克己はピンと来た。思わず声を荒らげる。


「夏彦を襲ったのはあんたじゃないか!?そして夕夏も……!」
「そうだと言ったら?」
「……本当なのか?」
「神楽夏彦はどこだ」


いっそう強く銃口が押しつけられる。肌寒いのに、汗がにじみ出た。


「……大学病院だよ」
「なるほど」


克己が口を開きかけた時、背後から男の声がした。


「おい!」


途端に、頭に押しつけられた銃口の固い感触がなくなった。急いで振り向くと、女は既にいなくなっていた。


「椎名さん!良かった、助けてくれてありが……」
「……克己」


克己は目を疑った。銃口が自分に向けられていた。闇色の銃口の向こうに、暗くよどんだ死の淵が垣間見えた。死の番人と成り果てた、若い管理人の厳しく冷たい眼差しが、克己の心をえぐる。


「椎名さん……?」
「信頼を得るまでが長かったな。でも、君を消してしまえば克己は元気になるんだ」
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