白い謙遜
「ただいまー」
暗い家の中へ呼びかけてもまあ返事が返ってくるはずもないけれど。
制服から私服に着替えスケッチブックと鉛筆を持つともう一度外に出ると自転車にそれらを乗せ俺のお気に入りの場所へ向かう。
でこぼこした道を延々と走り村の外れまで来ると綺麗な小さい川が流れている。
俺はその近くに腰をかけなんでもないようなことをスケッチしてみたりこの時期はまだ寒いけれど水で足を冷やしたりするのがとても好きだ。
誰もこんなところまでは来ないから人の声もしない。
水と風と鳥の鳴き声だけ近くの山から響くように聞こえて来る。
チリン
風の音に混じって小さい鈴の音がした。
俺はこの至福の一時を邪魔され少しムッとしながら後ろを振り向くと、桃の花がついた枝を抱えて歩いている女の子と目があった。
一瞬 ドキンッ と胸が高まった
肌が真っ白でまるで冬の日差しに溶けて消えてしまいそうな、そんな気がした。
女の子はまるで俺がいたことに今まで気が付かなかったようで呼び止める間もなく、目を見開き驚いた様子で慌てて踵を返し山の中へ消えてしまった。
持っていた桃の木の枝を落として。
声をかけるも、もう姿が見えない。
というより、あの子は何故山へ入っていったのだろうか。
ここらの山は舗装されておらず、人が入るような所ではない。
しかもここいらじゃ見かけない子だった。
もしかしたら山で迷子になってしまうかもしれない。
そうなったら流石に罪悪感を感じるな・・・。
しかし、俺もこの山には入ったことがない。
なにせ本当に人を寄せ付けないような、そんな雰囲気をだしている。
少し山自体に圧倒されながらも俺は、女の子の落としていった枝を手に取り手に持っていたスケッチブックを自転車の籠にいれると山のふもとへ来た。