理想恋愛屋
 どうやらキズモノにはしなくて済んだらしい。

ほっとして起き上がらせようとしたときだ。


「大丈夫か?」

「ん……」

 返事をした彼女の脇を持ち上げるように腕をあげ、手に力を込めた。


 ムニ。

何か温かくてやわらかいものを掴んだ。



 ……ん?


 同時に目の前の細い肩がワナワナ震え始める。


 暗雲が立ち込めるって言うのは、こういうのを言うんじゃないだろうか?


 後ろからしか様子が見えないけれど、とんでもないことをしたのは理解できた。

そうっと覗き込むと、オレの右手は彼女のリボンの横にあるふくらみを抑えていた。



 もしかしなくても、とんでもないことになると思わないか?




「…いい加減に……」

 小さな声だったけど、確かに聞こえた。

怒りに満ち溢れる、その声を。


 オレの血の気は引き潮のように一気に引いていく。


 振り向き様にあの気の強い瞳を一層険しくさせ、どこからもってきたのか、右手にはハリセン。


 ……っていうか、ハリセンっ!?

などと驚いてる余裕なんてない。


 少しだけピンクに頬を染めているあたり、ちょっとでも可愛げがあるんだな、なんていうのは心の隅っこに即座にしまう。


「──しなさいよぉぉおおおっ!!」


 スッパァァァアン!!

乾いた音が、ビル中に響き渡ったのだった。


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