理想恋愛屋
 漫画だったら、きっと頭にバッテンがついてるはずだ。

 痛いの何の。


「スケベ!エロ!セクハラ!!」

 もう、好きにしてくれ。

事故であることを何度説明したってコレなんだから。

オレはがっくし肩を落としていた。


 一部始終を見届けていた来客、萌は一応オレのことを心配してくれはいたが。
その顔は引きつっていた。


 本当なら、もっといろいろ話したかったのに。


「悪いな、取り込み中で」

 萌に社交辞令的な挨拶で入り口に促した。

オレのデスク専用のゆったりとした椅子にふんぞり返る凶悪娘に、チラリと視線を投げる。

プイっと背を向けて、この事務所唯一の窓に向かっていた。


 ここは5階だからそこまで景色を楽しむほどではないけれど、高すぎないそれがオレは好きだった。

その特等席を強奪されたんだ。


「なんかあったら、連絡して?」

 気落ちしているのを悟られないように、無理した笑顔で名刺を一枚差し出す。

無言で受け取ってドアノブに手をかけたけど、萌はもう一度振り返った。


「あのね、私……!」

 萌が話し始めたときだった。

カチャリとノブが回り、人が入ってきた。


「すみません、遅れました~」

 その声に一番に反応したのは……


「お兄ちゃんっ!!」

 椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、オレたちを押しのけてご自慢の兄に抱きついた。

「こらこら」

 相変わらず屈託のない笑顔で彼女の頭を撫でていた。


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