理想恋愛屋
 事件っていうのは、次から次へと起こるもんなんだって身に染みた。



 さっきまではうるさいくらいの事務所が、今はとたんに静まり返っている。

大きな背もたれに体重を預けて、頭の後ろに腕を組んだ。


 外は暗闇に覆われて、キラキラと道路に沿って車のライトが光っていた。


 星なんてひとつも見えなかった。





 ……──あの時。

「匠さん!いきなりは困りますよっ」

 職業上の言葉か、オレ自身の言葉か。
それすらも分からず咄嗟に言葉を挟んだ。

 むっとしていたのは事実だった。


「……そう、ですよね」

 にっこりと微笑んだ兄は潔く萌の手を開放した。

その代わりといってはなんだけど、すっと何かを手に握らせた。


「いつでも連絡ください」

 そういって兄は軽く会釈をした後、事務所を出た。

萌の手には、オレも持っている彼の名刺。

「お、お兄ちゃん!?」

 あのブラコン娘もその背中を追って、すぐにいなくなった。


 取り残された、オレと萌。


「……いきなり、ゴメン」

 うなだれるように頭を下げると

「う、ううん!私もビックリしただけだから……っ」

 手をパタパタ振る萌は、懐かしいくらい優しい笑顔だった。


「お茶でも入れるよ、座って?」

 ようやく動き出した頭でソファに促した。

黙ってその通りに萌は座り、唇を噛むように俯いてた。



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