理想恋愛屋
 後姿だったけれど、その様子はオレにだってハッキリ伝わる。

多分、この中で一番怒っているといっても過言じゃない。


 彼女は一番伝えたかった人に、伝えられないのだから―……。


 そう考えれば考えるほど、さらに悔しくなってくる。

ジクリと走った痛みに気づくと、いつの間にか握っていた拳の爪が手のひらに食い込んでいた。

「な、なんだよ、君には関係ないだろ…っ!」

 彼の言い分に彼女は我慢の限界を突破したようで、もう一度右手を振りかぶっていた。


 彼女を止めないてやらないと!

距離からして間に合わないんだけれど、足は勝手に動いていた。


「待て、はる……っ!」

 地面を蹴って二人の間に体を滑り込ませようと腕を伸ばした。

体が覚えてしまっている痛みを覚悟して、ぎゅっと目をつぶる。


 ……でも、いつまでたっても衝撃は伝わることはなかった。

おかげで転がるように身を滑らした為、そのままゴロンと前転してしまった。


「いってぇ…」

 手のひらがじんじんして、真っ赤に擦り切れていた。

なんとか痛みを堪えて片目を開くと、そこには振りかぶった彼女の手首を掴んでいたのは秋さんだった。

「ちょっと…っ!離しな…っ」

「いいの!!」

 怒りで我を失ったような彼女を制するように、秋さんは俯いたまま叫ぶ。

驚いた彼女がそのまま手首から力が抜けたのを確認して、秋さんはゆっくり彼を見下ろしていた。


 キラキラと星が瞬く夜空の下、秋さんは小さな光を頬から零す。


「岡崎さん、ごめんね」

 そういってカバンの中からキラリと光るものを彼に投げつけていた。


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