理想恋愛屋
「秋さん…?」

 オレが言い終わらないうちに、秋さんが彼女の頬から顎にかけて長い指でしっかりつかむ。

 驚く暇もないくらいそれは唐突で、彼女の頬にいとも簡単にチュッと音をたてて唇を押し付けていた。


 事務所は、やけにしんと静まり返っている。


「なかなか嫌いじゃないわよ?ま、葵ちゃんの次くらいだけど」

 満足そうに目を細めた。

 秋さんの言葉に、彼女もようやく現状を把握したのか、顔が見る見る赤くなっていく。

「なっ、なななにすんのよ!?」

 キスされた頬を抑え、顔を真っ赤にして怒っている。

 照れているのか怒りなのか、秋さんは少なからず男なわけで。

例えば、恐ろしくも仮定の話だけど、オレが万が一やってしまったら…。

 考える前に悪寒が走り、二人を止めなければ事務所が血の海と化してしまう。


「今度から秋じゃなくてハルキにでもしようかしら?アタシだってハルアキだし」

 とぼけるように秋さんは彼女にウィンクして見せた。

その瞬間、彼女の堪忍袋の緒がはちきれる音が聞こえた気がして、オレは慌てて仲裁に入る。


「ちょっと二人とも!落ち着けって…」


 失恋したてなんて思えないほど、おほほ、と得意気に笑う秋さん。

それにムキになって、つかみかかろうとする我らがプリンセス。

 放っておいたらそのうち飛び火して、事務所が大火事だ。

そうなる前にと腰を上げて、その間に入ろうと立ち上がったときだった。


 敢えて自ら渦中の二人に飛び込もうとした勇者は、不覚にもローテーブルに足を引っ掻けてしまう。

「どわぁぁぁああっ!」

 つんのめった体は、見事に目的を果たすべく二人に飛び込んでいた。



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