理想恋愛屋
 そのおかげか、少しだけ冷静を取り戻せたオレは、彼女の挑発をこっそりしまって秋さんの座るソファまで近寄った。

「…秋さんの場合、店に来いってことでしょ?」

 腰に手を当てながら、秋さんの様子をうかがう。

「えへ」

 勿論、舌を出して笑って誤魔化している。

ほらねといわんばかりに、わざとらしく肩をすくめてみせた。


「でもォ、折角だからたまには普通にデートしちゃう?」

 そんな秋さんからのお誘い。


「遠慮します」

 勿論、即決だ。


「なんでよ、葵ちゃん!……そんなにアタシじゃ嫌?」

 ふわふわの髪を長い指に絡め、仕事明けだというのに化粧も崩さず夜の艶っぽさを残したままの秋さんが覗き込んでくる。

その妖しい瞳のせいでほんの少しだけ、ドキドキしてしまうのは許して欲しいところだ。

「あ、当たり前だろ!秋さんオトコでしょ!?」

 そんなオレの答えに唇を尖らせて、カップの中身をぐいっと飲み干した。

それまた容姿とは相反するほど、男らしく。


「ちぇー。じゃぁ遥姫ならいいわけか」


 そんな何気ない秋さんの一言で、事務所内になぜか「プチン」とナニカが響いた気がした。


 ……やばい、地雷。


 それは秋さんにも届いたようで、不思議そうな顔をオレに向けてきた。

どう答えていいかもわからないし、このシンと静まり返った事務所で声を上げることすら怖い空気だった。


 ピタリと止まっていた彼女がゆっくり振り向いた。



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