理想恋愛屋
 殴られ、集られ、奪われる。

そんな運命を覚悟していたにもかかわらず、彼女は、満面の笑みを返してきたのだ。


 オレとは目をあわさずに―……。


「葵はねぇ~、萌さんみたいな『美人』で『オトナ』な『女の人』じゃないとダメなのよー?」

 秋さんに向かって、決して楽しそうではない笑顔で彼女は答えていた。

彼女を知らない者ならば、十中八九、その微笑みはカワイイと世間では言うだろう。


 その嫌味たっぷりの彼女の毒は、オレの良心をチクチクとなぜか刺激する。


 そして、秋さんは当然の疑問にぶち当たる。


「…モエサン?」

 小首をかしげる姿もハタから見れば綺麗な年上のオネーサンな秋さんが、彼女に向かってたずねる。

置いてけぼりにされた会話を、オレはただ聞いてることしか出来なかったのだった。


「あれ、秋はあったことなかった?」

「秋お姉様とお呼びなさい?」

 チラリと細められた目で、鋭利のような視線を彼女に送っていた。

一瞬冷や汗をかいたオレとは反対に、立ち向かっていく彼女を心底、尊敬してしまう。

「その萌さんが、お義姉様(の予定)なんですぅ!残念でした、治秋オニイサン」

 いちいちカッコまで口にする辺り、まだ彼女のブラコン魂は健在なのである。


 もうこの会話に、いい加減うざったく感じたので仲裁に入ろうとしたときだった。


「でもそのモエサンって女が、なんで葵ちゃんの好みなの?」

 口につけたコーヒーをぶ、思わずブッと吹いてしまう。


 オレの回りにいる女性たちはどうしてか探りを入れたがるんだ?
いや、秋さんは違うか。

 なんて心の中で否定していた隙に、彼女は得意げに笑っている。


「それはねー…」



< 164 / 307 >

この作品をシェア

pagetop