理想恋愛屋
 まるで、あることないこと、余計なことまで話しそうな雰囲気の彼女の肩を慌てて掴んだ。

「ちょちょちょ!なに言おうとしてるんだよ!」

 焦る気持ちをわかってくれるわけもなく。

至極当然の表情で見つめ返してくる。


「別に…減るもんじゃないし」

「オレの心の傷を増やすつもりか!?」

 別に気にしてない!
でも、敢えて今更いわなくてもいいことだってあるだろう!?


 ……本当に、強がっているんじゃないからな?


 ギリギリと睨み合うオレたち…―オレだけかもしれないが、その隣で秋さんは「あ」となにかに気づいたような声を出した。

「そのモエサンって女が、葵ちゃんの想い人ってことなのね!?」

 少しだけ不機嫌そうに彼女を見つめる。

「違うにきまっているだろう」

 そういいたかった。
しかしそれよりも一歩早く、彼女が簡潔に答える。


「そう」

「ちっがあぁぁぁう!」

 オレの言葉は秋さんには届かず、きいぃぃぃーっ、と悔しそうな甲高い声を上げている。


 またもや別の手でこうして事務所を騒がせる彼女は、きっと全部お見通しなんだと思う。

ちらりと彼女に目をやると、腕を組んだ彼女が鼻で笑っているではないか。

声を出さずにうっすら口が動いたのに気づき、なんとか一字ずつ読み取ってみた。


 ざ、ま、あ、み、ろ……


 そう言っていたのだ。


 彼女より。
 秋さんより。

 誰よりも、オレが悔しくて仕方ないはずだ。


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