理想恋愛屋
「そんなこというんだったらなぁ……っ!!」

 頭に血が上っているのは解っている。
 大人気ないのも承知の上だ。

 それでも、なぜ傷口に塩を塗られなければならないんだ!


 オレの反骨精神が、これでもかというくらい主張をはじめ、拳をぎゅっと握り己を奮い立たす。

悔しすぎて奥歯をギリリと噛んで言いかけた。


「お前だってな…!」

 でもそのときの視線の先に在った彼女の表情はひどく険しく…、少し悲しそうに感じて。


 …なぜだか、一瞬、言葉に詰まってしまう。


 そんな彼女を見て、思わず拳をゆるゆると解いていた自分がいた。


「あたしがなんだっていうのよ!?」

 あくまでも強気な姿勢を崩さない彼女から、思わず目をそらした。

オレがこの続きを言ってしまったら、絶対に後悔する。


 フと一気に冷静になった頭で、どうやって誤魔化そうか、なんてまた新たな思考を張り巡らそうとしたときだ。

 そろそろと何かを確認するかのようにゆっくり開く事務所の扉。


「葵さぁ~ん」

 彼がやってくるときのクセだ。

今回ばかり程、救世主だと思ったことはない。

いつもは見計らったかのように、タイミングが悪い男・オトメくんだ。


「よ、よう、オトメくん!」

 逃げるように彼女の元から離れ、不自然にも開かれた扉へ出向く。

こんな手厚いオレの歓迎に、当然オトメくんも不審に思ったのか、眉間に皺を寄せていた。


「ど、どうしたんですか…?」

「いいから気にすんな!」

 こっそりと耳打ちしたオレに、オトメくんはきょとんと見つめてくるだけだった。

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