理想恋愛屋

2.恋せよ!!

「やっぱ旅行といったら温泉よね~っ」

 …―言っておくが、オレの本意ではない。


「こっちが遥姫さんのお茶ですよ?」

 …―むしろこっちもご遠慮願いたいくらいで。


「オトメくん、アタシのもちょーだぁい」

 …―でも、オレにだって譲れないものくらいあるんだ。



 周りでは人目も気にせず、大いに盛り上がっているのは、約3名限定。 

目の前に座る、笑顔の恐ろしい青年がいつも以上に爽やかに微笑みかけていた。


「あはは、皆さん楽しそうですねぇ」

 その彼の隣にいる婚約者も、苦笑いをするしかないようだ。

「まったく…、葵さんはナニやってくれてるんですか~?」

 口調も穏やかだけれど、かもしだす雰囲気はかなり威圧的。


「……す、スミマセン…」

 オレは他の言葉が見つからなかった。


 車窓から見える景色なんか楽しむ余裕もなく、ただただ肩身が狭いだけ。

彼女たちがキャアキャアと甲高い声を上げるほど、オレのテンションは落ちる一方だった。

「匠さん、人数が多いほうが楽しいこともありますよ」

 そういってなだめてくれたのは、萌。

「僕は萌さんと来たかったんですよ」

 あくまで笑顔でのセリフ。

照れる萌とは対照的に、オレは良心がチクチクと痛むのを必死に堪えるしかない。


 オレが内側からの胸の痛みに耐えていると、隣から破壊するかのような声が突き抜ける。

「ああん、もうっ、お兄ちゃんってば、またデレデレしちゃってぇー!」

 そういって、むんずと萌と兄の間に割り込んだ彼女は、強引に尻を入れ込んで兄の腕にもたれかかる。


 全ては、彼女のせいだというのに…。

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