理想恋愛屋
 やり場のない怒りは、悔しくも彼女の嬉しそうな笑顔で仕方ないと諦めてしまっていた。

 散々振り回され、疲労困ぱいにガックシと頭を垂らす。

すると隣から隠しきれていない笑い声が。

 軽く睨むかんじで目をやると、可笑しそうに肩を揺らしていたのは萌。

彼女に席をとられたからか、新幹線のボックス席である向かい側へと移動してきたようだ。

「…なんだよ」

 本来ならば、萌だってオレたちをうざったいと想ってるはずだ。

ある意味彼女の被害者の一人だっていうのに、この状況を楽しんでいるのだからスゴイ。

「ううん、なんでもない」

 意味ありげに笑うと、楽しそうに足を投げ出した。


 最近の萌は兄や彼女に感化されてきたのか、言葉がしたたかだ。

 もちろん、悪い意味で。


「そういえば、葵、タバコ吸わなくなったね?」

 萌の声は、少しあけた窓から吹き込む風のせいで少し聞きづらい。

顔を近づけながら言葉のかけらを寄せ集めて、なんとか解読する。


「…え?あぁ、アイツがうるさいし」

 ボリュームを上げて萌に、肩をすくめた。

まあ、おかげで財布の中身の減りは減ったし、ビルの階段もキツくはなくなった。

 ある意味、彼女のおかげなのかもしれないけど。


 そんなオレの貴重な夏休みは、目の前にいるかわいい顔した悪魔によって狂わされたんだけれども。




 オレを脅したあの後。

彼女がパンッと手を叩いて、嬉しそうにこぼした言葉だ。


「これでお兄ちゃんと旅行だわ!」


 俺たちは声を揃えたさ。


「……は?」




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