理想恋愛屋
 それもそうだ。

彼女は、みんなと旅行したいとか、ましてやオレといきたいとかカワイイことを言うやつじゃない。


「萌さんと二人きりで旅行よ!?あたしをのけ者にするなんて許せないわ!」

 眉をつり上げて不機嫌そうに拳を握っていた。


 っていうか…


「のけ者じゃなくて、邪魔モノ…」

「ナニかいった?」

 ぐいっと、新調したばかりのネクタイを無残にギュっと引っ張りあげられる。

こういうときの彼女の迫力と言ったら、そりゃあもう。


「ナンデモ…アリマセン」

 言いかけても、そう答えるのが精一杯。

なにせ弱みを握られているわけだから。


 落ち込むオレとは裏腹に、彼女は例のアイス屋のテーマソングを口ずさんで秋さんと旅行のプランを話し始めた。

そんな反応を見てて思ったことがある。


「葵さんって、遥姫さんにオトコって認識されてないですよね」

 わざわざ隣にやってきて、小声でいうオトメくんのスネを、わざとかかとで蹴ったのは秘密だ。


 …オレだって、そう感じたのだから。

彼女にとって、オレは所詮、兄貴の恋の仲介人ってトコだ。


 思い出してイラつきながらも、ようやく車内で目的地を知らせるアナウンス。

やれ荷物を降ろせとか、やれ運べとか、とにかく騒がしい姫をなだめながら列車を降り立ったのだ。


 すでにホームには、夏のせわしない人の声と暑さが充満している。

息苦しい駅を出て、今夜宿泊する旅館へと向かうシャトルバスに乗るためバス停へ向かう。

そんな中でさわやかな緑の風が吹いて、オレたちは一瞬、時を忘れた。



 そんなときだった。

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