理想恋愛屋
 ちゃぽぉぉん―…


「くぁぁぁああっ!」

 ぴんと腕を伸ばすと水面が揺れる音が響き、それがまた味となって解放感を漂わせる。

 大樹に囲まれたこの大きな露天風呂を使っているのは、白髪がそろうおじさんや全裸で走り回る子供、オレたちと同年代の人もいる。

ここの温泉が人気があるのが頷けた。

おかげで、ちらほらと話し声もあるけれど、今は身体に沁みる熱さが忘れさせた。


 肩までゆっくりつかると、隣には諦めたようにお湯を楽しむ兄。

「まったく、少しは気を利かせてくださいよ?」

 先ほどまでのトゲは、ようやく湯船で溶かされたようだ。


 しかし、おかげで兄に目が行ってしまったオレ。

そこには決して薄すぎない肉体と、湯気をしたたらせる髪の毛があり、男から見ても色気を感じてしまう。

思わず、己の体を見下ろす。



 ……………オレにはオレのペース!


と、不可解な言い訳をしてみるものの、今更ながら乳白色のお湯を腕に刷り込むようにさすっていた。


 そんな珍しいのんびりとしたひと時の中、一人、浮かない顔のオトメくん。


「オトメくん…?」

 周りを気にするわけでもなく、ただ空をじぃっと見つめているだけ。


 木々に囲まれているといっても、もはや森のようにそびえている。

その一角はぽっかりと抜けたように空が広がっており、青々しい山並みが一望できるのだ。

山の若々しい風景は、もうすこし遅れて来たならば赤く色づいたこの景色を楽しめたのだろう。

 想像しただけで、キモチが弾んでくる。

はずなのだが…




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