理想恋愛屋
 そういえば、駅に着いたときから様子がおかしかったのを思い出す。


 部屋に案内され、荷物の片付けも早々に風呂へとやってきたときだって、返事は上の空。

オマケに脱衣所は彼女たちについていこうとするし。


 熱めのお湯のせいか、ほんのり染まり始めたオトメくんの肩に手を置いて、声をかけたときだ。

「オトメくん、どうし……」

 様子がおかしい友人を救おうとしている健気なオレの頭を、キーンと叩き割る声が響く。


「うっわぁ、ひっろーい!」

 それは紛れもないお転婆娘のモノ。


「は、遥姫ちゃんっ」

 後に続いた慌てた声は、萌のものだろう。


 確か、この露天風呂は竹垣をはさんで男女と別れている。

だからこんなにも、彼女の声がはっきりと響くんだ。


 男湯でゆっくりしていた人たちも、驚いて竹垣の向こうを気にしている。

自分のツレかと思うと、湯船につかっていても休まる気がしないのはオレだけじゃないはずだ。


「萌さん、ほっそいねー」

 相変わらず誰よりも通る声が、やけに耳につく。

なんだか男湯がせわしなくなってきたときだ。


 はっと気づいたように、オトメくんが湯を出る。

「すみません、お先に」

 慌てたように浴場をあとにする。


 のぼせたのか、それとも彼女たちの会話を聞くに堪えられなかったのか。

どちらにしても。


「なーんかおかしいですよね~」


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