理想恋愛屋
 そもそも、こんなおかしな状況に陥ったのは、秋さんのせいだ。

宿に戻るなり、甲高いをあげながら彼女に抱きついた。


「オトメくんに女がいたのぉ~っ!!」

 彼女のまだ湿っている髪からは、ふわりと甘酸っぱい香り。

風に乗ってやってきたそれを振り払うのに、オレはなぜだか必死だった。


「どういうこと?」

 きょとんと見つめてきた彼女に、秋さんは大袈裟に見た事を話す。

やっぱり連れて行くんじゃなかったと後悔したときには、もう遅かったのだ。


 そんな時、タイミングよく現れたオトメくん。

一同の視線を集めて、さすがにたじろいでいた。


「オトメくんってば、水臭いじゃなぁ~い!」

 秋さんに抱き疲れそうになって、思わず後ずさりをしたオトメくん。

 迫られて冷や汗をかいているのは、未だに秋さんという存在に慣れていないかららしい。


 一人テンションがおかしい秋さんは置いといて、オレはこっそり耳打ちをした。


「すいません。さっきの女の子と会ってるのを観ちゃったんだ……」

 すると、ボボボと頬を染めたオトメくんは、照れたように頭をかきはじめる。


「…ややや、やだなぁ、み、みられてたんですか…っ?」

 恥ずかしそうに、一度咳払いをすると、ぽつりぽつりと話し始めた。


「彼女は瑠璃さんっていって……、近くにある別荘に療養できてるそうなんです」


 確かに尋常じゃないほど白いと感じた。

色素の薄い髪も、薬などの副作用なのかもしれない。


 そう思うと、なんだか胸がチクンと痛んだ。

< 180 / 307 >

この作品をシェア

pagetop