理想恋愛屋
 オレも秋さんも少女を思ってか、複雑な思いを隠しきれないでいた。

それなのに彼女ときたら。

「ふ~ん」

 その一言のみ。

驚きのあまりにリアクションさえ出来なかった。


 あまつさえ、ニンマリと笑みを浮かべる。

「勝負のご褒美は、ご当地アイス山盛りで決まりねっ」


 卓球勝負の話にブッ飛んで、どうやら彼女の中では、オレが負けることは決定事項らしい。

切り替えの早さと、タカをくくった結論にオレは呆れるしかなかった。


 確かにオレたちが今更そんなことを考えていたって始まらない。

そこまで考えていたのかは、オレにはわからないところだけど。


 そんな彼女の楽しそうに歩く後ろ姿は、少女のことさえ忘れさせるようにオレを惑わす。

スリッパの音が響き、秋さんと同じ浴衣の裾が歩くたびに揺れる。


 普段見ていた制服や普段着より、格別に色っぽいのだ。

そう感じるのは浴衣姿のせいにして、トクトクと痺れた鼓動を懸命に慣らしていた。



 それに、兄と萌が出かけてしまったときはヒヤヒヤしたもんだ。

別に気にしていないようなそぶりにオレは安心していた。


 ……まあ。
こうでもしないと、胃に穴があくほど小言を言われてしまうだろう。


 笑顔が怖い、あの兄に。


 無事に旅行を終えることが、今の目標だ。

そのためにも、当面は彼女の機嫌だけは損ねないように。


 それだけを肝に銘じて、先を行く一行を追いかけた。


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