理想恋愛屋
「だけどね」

 彼女が腕を引いて、鋭い視線をピンポン球に集中させた。

同時に、オレたちも自然と息を潜めてしまう。


「…ツメが甘いのよ!」

 スカァァアアン!と勢いよく弾かれた球は、まっすぐに白い閃光を放つ。


 温泉が有名なのどかな旅館。

その中で、音のキレと速さが一箇所だけおかしい。


 なんとなく周りからの視線が集まっていたことは、うすうす感づいていた。

かといって、オレの連れはそんなことを気にするような人たちでもない。


 かくして白熱したラリーはようやく終わりを迎えた。



「いってぇぇぇえ!」


 オレの額への直撃によって。


彼女の打球は、本来のルールである相手コートにワンバウンドをしないで、弾丸と化して向かってきたのだ。

別にそれが反則ではないことは知っているが…


 小さな玉一つ、それが痛いのなんの。


 彼女のハリセンは、むしろこういうときのためのダンベル代わりなのだろうか。

とにかく高らかに笑う彼女は放っておいて、オレにあたって転がってしまったピンポン球を探す。


 カラカラと音を立てて転がっていったのは、背後で見ていた少女が座るベンチの下。

思いっきり目が合って、微笑む瑠璃で少し…いや、大分癒される。


 ベンチの前で屈んで手を伸ばす。

すんなり拾うと、真横で少女が不思議そうに見つめてきた。

「大丈夫ですか?」

 目をまん丸にした少女の仕草一つ一つが、ものすごく新鮮だ。

 オレの周りにいるのは、なにかとからかってきたり、色仕掛けに持ち込んだり、すぐハリセン持ち出したりする女性たちばかり。

一人、性別が怪しい人もいるが、気にしないでくれ。


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