理想恋愛屋
「…ああ、なんとかね」

 ひきつり気味のオレの答えに、クスリと安心したように笑う。

しかし、屈んで気づいたが、足元はかなりスースーと冷気が往来する。

チラリと横目で見た彼女の白くて細い足は、スリッパすら履いていないのだ。


「寒く、ない?」

 オレが屈んだまま見上げるように尋ねると、きょとんと驚いていた。

「…もし、オレのでよければ使って?」

 急いで立ち上がって、お風呂上りから使っていたスリッパを少女の足元に置きなおす。

 山に囲まれたこの旅館だ、夏とはいえ油断していたら風邪を引くだろう。

さらに療養中の少女なんだから、もってのほかだ。


「お気遣い、ありがたく頂戴いたしますわ」

 そういって少女は嬉しそうに、まだオレのぬくもりが残るスリッパに足を通す。

その姿を見て、オレもなんだか嬉しくなった。


 けれど、そんな和やかな空気は、一瞬にして遮られるのは毎度のことだ。


「あ……っ」


 あんぐりと口を開けた少女を見た。

そのつぼらな唇から、ため息のような小さな声が零れる。

次に見た光景は、確か床の木目だったと思う…。


 オレが振り向く暇もなく、パコォォォオオン!!と、爽快な音がオレの後頭部から響いた。

額の次は後頭部だ。


 そしてこんなことをするのは、ただ一人。

ぐるん、と勢い欲振り向くと離れた卓球台で、かなり高圧的なオーラを纏った彼女。

次第にオレの頭部と強引な出会いを果たした犯人・彼女のスリッパが空中から降ってきた。


「痛ぇな!何するんだよ!」

 さすがに、なにもしていないのに殴られる筋合いはない。

だからといって、今までがむやみやたらと何かしてきたわけでもないが。

 全て、事故だ。



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