理想恋愛屋
 おそらくそのまま十分くらい立っていただろうか。

祈りにも似た願いは、ようやく激しい音を鳴らして山の向こうから聞こえてきた。



 ……ひらり。

またひとつ、小さく柔らかに消えていく。


 やってきたのは野外スキー場なんかでみる今にも大砲をぶちかましそうな機械を、おもむろにドアから開け放った1台のヘリコプター。


 この暑い夏にみる、小さなきらめき。

 爆音によって各々の感嘆とした声は聞きとれないけれど、見上げた頬にすっとなじむように落ちてくる雪の粒。


「待たせたわね」

 それは舞うように降る雪のように、優しい彼女の笑顔。

悔しくも、トクトクといつもとは違う鼓動が、体中を震わせた。


 誤魔化すように視線を落とした先には、驚いたように目を見開いた少女。

ゆっくりと踊る粉雪を掴もうと細い腕を伸ばす。

「キレイね……」

 その結晶が映し出される少女の瞳は、純粋に輝いていた。


 肌に触れれば、体温ですぐ消えてしまう。

それの繰り返しを少し見ただけで、ヘリコプターは少しずつ離れていく。

オレたちの正確な場所を掴みきれなかったのだろうか、とうとう辺りを一周してまた山の向こうに消えてしまった。


 沈黙が再び訪れたのを見計らったように、微笑んだ少女。

「ありがとう、龍さま」

 少女はオレと彼女を見てから、オトメくんに視線をずらした。

一瞬のことなのに、やけにスローモーションで少女の瞼が閉じられる。


「瑠璃、さん……?」

 ぽつりとオトメくんが呟くと、ほとんど同時だった。




 少女の腕がパタリと力をなくして、静かに垂れ下がった。


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