理想恋愛屋
「これはお兄ちゃんのためなのよ!」

 プンプンしてる彼女には近寄らないほうがイイ。

すたすた歩き出す。

「ま、待ちなさいよっ!」

 ジャ、ジャ、と後ろから近づいてくる足音が聞こえた。


 そうそう、あの兄から言われてたっけ。


料亭に入ると、出迎えた女将に小さい声でお願いした。

快く頷き会釈をして奥にさがっていったのを見送る。


「ほら、早くお兄ちゃんのとこいくわよっ」

 オレのスーツの裾を引っ張ってきた。

「ちょっと待って」

 キョトンとする彼女を悪鬼にさせないために。


「お待たせしました」

 そういって小さなお椀を持ってきた女将。

御礼を言って受け取る。


「ほら、お姫様」

「うっわあ~」

 隣の彼女に差し出すと、目を輝かせて受け取った。



<P.S.
 妹の遥姫が乱入するでしょうから、
その時はアイスを与えてください。>

 兄からのアドバイスだった。

どうやら彼女の好物はアイスらしい。

そういえば出会ったときも食べていたっけ。


深い緑色の輝きに瞳を奪われる彼女を引きずるように移動する。


「こちらでございます」

 仲居さんに連れてこられたのは小さな和室。

一礼して去るのを見届け、早速オレたちは足を踏み入れる。


 小さなテーブルとえんじ色の座布団が2組あるだけで、掛け軸やら、花やらは一切なかった。

周りを見回しながら、オレはその座布団の上で胡坐をかいた。



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