理想恋愛屋
「いいんです、遥姫さん」

「よくなんか……っ」

 ため息交じりのオトメくんにすらつっかかる彼女。

だけど彼の切ない表情に言葉を失っていた。


 ソファから腰を上げていたオトメくんは、そのままドアの前に立つとペコリとお辞儀をした。


「すみません、瑠璃さん。驚かせてしまって……。
でも、多分、今日一日の貴女が瑠璃さんでないとしても、きっと僕の気持ちは変わらない」

 ひたひたと、きらめく星のようにオトメくんの言葉が胸にしみる。


 女性が怖いと言ったオトメくんが恋をした。

叶うことに意味があるのではなく、出逢うことに意味を見出した…。

 キスをしたり身体を重ねるよりも、もっと大切なことじゃないかと思う。


「……僕の方こそ、ありがとう」

 震えることなくオトメくんは笑っていた。

そのまま一人で扉の向こうに消えて、オレは彼女の腕をつかんで慌てて屋敷を後にした。


 全力で走ってきたこの道のりは、今はしんと静まり返る。

さやさやと吹く冷たい風は、彼女を冷静にしてくれたみたいだ。

「……あーあ、あたしの嫌いな『家の財力』まで使ったっていうのに」

 つまらなさそうに両手を後頭部で組む彼女。

しかしその横顔にオレは驚きを隠せないでいた。


 家の財力が嫌いだなんて、初耳だ。

だけど言われてみれば、いままで脅しや泣き落としなど無茶なことはしても、かの『一ノ瀬』の名前や金は使っていない。

 へんなところで自立心がたかいのだろうか。

なんて呆れ半分、見直してしまっていた。

「すみません、遥姫さん」

 困ったように笑うオトメくんの肩に、彼女はがっしり腕をかけた。

酔っ払いが絡むように、だけど明るい笑顔を添えて。

「オトメくんがあやまることないわ。さあ、帰ってもう一風呂はいりましょ?」


 さっきまで鬼のように激怒していた彼女は、すでに満面の笑み。

それが本心にしろ励ましにしろ、どこか救われたのも事実だった。

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