理想恋愛屋
 隣からは嬉しそうな男の声が響いてくる。

「萌さんはなんの仕事をしていらっしゃるんですか?」

「あ、あの……福祉関係を…」

 震えるような萌の声。

ギリギリと胸を締め付けられるようだった。


「よく聞こえないわね?」

 むしゃむしゃと、スプーン片手にふすまに耳を当てているアイスの姫。


 どうしてそんなに気にするんだ?


 カタンと音がして、どちらかが席を立ったのが分かった。

こちらにいる姫はようやく耳を離す。


 オレからしてみれば、兄を恋愛ごっこの対象にしてる彼女が不思議でならない。
むしろ、あの有名な一ノ瀬のご令嬢ともなれば、それ相応の男も寄ってくるだろうに。


「そんなに恋がしたいなら、『恋』を売ってやるよ?」

 彼女を見てると、少しだけ自分とかぶる。

どこがなんていえないけど、ひたすら追いかけるような姿は、どこか健気で仕方ない。


 そんなオレの言葉に反抗するかのように、彼女は口を開いた。

殴りかかってくるかと思ってぱっと身構えたオレは、腕の隙間からチラリとのぞく。



そこには、見たこともない彼女の寂しそうな瞳。


「……じゃ、ない…」

「…え?」


 いつもの鬼のような覇気はまったくなくて、消え入りそうなその声。



「あたしは『恋』がしたいんじゃない」


 伏目がちのまつげを震わせる。

頬は微熱をもったかのように、ほんのりピンクが浮かぶ。

その手はぎゅっとこぶしが握られていた。


「……お兄ちゃんがすきなの」


 予想外の反応にオレは言葉が喉につっかかってしまった。
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