理想恋愛屋
 引っ張りあげようと手を握り返すと、眼下には彼女の柔らかなクセ毛が首筋から垂れている。

温泉のせいなのか、爽やかな香りも漂って、すこし着崩れた浴衣からは滑らかな彼女の素肌がチラリと覗かせる。


 
 …そんなこと考えている場合ではない!


 彼女から感じる異様な色気に、オレは我ながらおかしな病にかかたのかとさえ疑ってきてしまう。


 ゴクリと生唾をのみこんで、誤魔化すように勢いよく引っ張りあげてしまったオレは、今度は後ろに身体が傾いた。

「うわ、やっべぇ……っ!」

「ちょっとぉぉおおおっ!?」


 驚きを隠せずに、彼女も前のめりになってオレの方へと転がり込んでくる。

幸いにも、オレがぴったりと壁際に布団を強いていたので、軽い尻餅程度で済んだ。


「いててて……」


 しかし痛みから解放されはじめると、なんとなく嫌な予感が走る。


 バランスをとるように、なにかにしがみついたまま背後に転んだ。

何か……ではなく、彼女の手だ。


 壁によりかかるオレの腕の中では、先ほど転んだばかりの彼女。

ふるふると震えはじめる肩に、オレはまたかと嘆くばかり。


「何度も何度も……っ」


 ハタからみれば、オレが彼女に襲われているようだろう。

しかし、彼女の論理は違う。


「ちょっと、落ち着けって!」

 オレが彼女の身体を押し返した瞬間、手のひらには柔らかい感触。



 ……柔らかい、感触?

< 211 / 307 >

この作品をシェア

pagetop