理想恋愛屋
 相変わらず可愛らしい表情で、ソファに腰掛ける萌の正面にオレも座る。

「どう?順調?」

 具体的な話をしなくても、これだけで伝わる萌への質問。

面と向かって話していると思い出はもちろん蘇るけど、今では大分色あせていて、未練は毛頭ない。

幸せそうな姿を目の当たりにすることが、むしろ喜びになりつつあるのだ。


「うん、そのことで」

 そういって萌が小さなハンドバッグから差し出してきたのは、一通の白い封筒。

「実は、これ……」

 品性すら滲み出ている封筒には、金色の文字でINVITATIONと書かれていた。


「招待状?」

「……うん、その…匠さんとの、婚約パーティーがあるの」

 照れたようにはにかむ萌に、オレは驚きもしたが同時に納得だった。


 さすがは一ノ瀬家の御曹司と、資産家・上原家の一人娘。婚約一つでお祭り騒ぎだ。

唖然としているオレに、萌は慌てて手をパタパタさせながら口を開いた。


「た、匠さんともちゃんと話し合ったのよっ?
私がいうのもアレなんだけど……葵には、たくさんお世話になったし……」

 口にすれば気まずくない、といったら嘘になる。けれど、なぜだか切っても切れないこの縁。

思えば、後悔ばかりの過去を吹っ切れたのは、あの迷惑兄妹がいたからかもしれない。


──なんて、いい風に考えてみる。


「……ああ、もちろん。予定空けとくよ」

「うん。ありがと、葵」


 そう、オレと萌はビジネスも絡んだが、今では立派な友人の一人なのだ。


「お茶いれるな」

 腰を上げて、冷蔵庫の横にある小さな棚に手をかけたときだ。


「それでね、葵……」

「ん?」

 なんだか歯切れ悪くうつむく萌。

振り向いた瞬間、前兆もなく突如バァァァンッと外れそうなほど勢い良く開かれた扉。


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