理想恋愛屋
 ガキのくせに、一丁前に女の顔して。

何かに耐えるようなその寂しそうな瞳に、思わず吸い込まれそうになる。



 それもつかの間。

「あ、帰ってきた!」

 小さな物音に反応して、またふすまにピタリと耳を寄せる姿を見て、オレは脱力感に襲われる。

もうその手には空っぽのおわんだけが残っていた。


「外、いきません?」

 そう切り出したのは、誰でもない萌だった。



 小さな料亭とはいえ、庭もある立派なところだ。

鯉の泳ぐ池や、ちょっとした竹林なんかもある。

そして定番のカコーンと音を鳴らす鹿威しを横目に、オレたちは植木の間を縫っていく。


「早くしなさいよ!」

 形のいい尻をジーンズに包んでオレの眼前においておきながら、見るなといったり早くしろといったり。

ため息がこぼれる。


 土臭くなり始めたスーツに用心していたら、ドン!と顔面をハリのある柔らかいものにぶつかる。

「……ってぇ」

「ちょっと、なにすんのよ、スケベ!」

 鼻をさすりながら顔をあげると、前を歩く彼女の桃、じゃなくて尻。


 急に止まるからだろう!?

なんて文句は言えるわけがなかった。


「……なんで、私なんですか?」

 不意に、離れたところから声が聞こえる。


植木の隙間を除くと、池の前に萌はしゃがみこんでいた。

その後ろを見守るように、兄は立っている。


「好きになるのに理由が必要です?」

 気障な台詞も、兄が言うとしっくりきてしまうのがシャクだけど。


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