理想恋愛屋
「あーん、間に合わなかったぁーっ!」

 ガックリと背後には音が聞こえそうなほど、大変悔しそうに肩を落としたのは、言わずもがな、あのお嬢様だ。


「は、遥姫ちゃん……」

 さすがの萌も苦笑い。


「……はぁ……」

 毎度のことながら、オレはキリキリと頭が痛む。

もう少しこの空気を読むことと、事務所を労わってくれないだろうか、と、常々願うばかり。


「どうしてかしら?アロハ家のランチタイム限定に、いーっつも間に合わないのよね!」

 プリプリと鼻息を荒らして、萌の隣にふんぞり返るその図々しさといったら、そりゃあもう。

大仏だってビックリするくらいの堂々たる佇まいだ。


 更に呆気にとられていた萌に向かって、

「あ、萌さん。こんちわー」

 と、なんともマイペースぶりを発揮するのだから、呆れを通り越して、ある種尊敬すらしてしまいそうだ。


そんなオレにようやく気づいたのか、キッと勝ち気な目を細めて威圧してくる。

「なんなのよ、その顔!」

 触らぬ神に祟りなし、だ。


「……ナンデモナイデス」

 オレの心情を察するのがいち早く、そそくさと萌に出すお茶の準備を続ける。

そして、これ以上読み取られないようにくるりと背を向けて、ふと思い出す。


「なによ、葵のクセに!」

 と、今にも八つ当たりをはじめそうな彼女が、つい先日の夏の旅行で彼女が漏らした言葉。


「家の財力や権力使いたくなかった」


 彼女について、この年齢にしては自立心がかなり高いとは思っている。だが、やけに高圧的だった。

いくら強引で厳しくてマイペースで……と、グチの零れるような彼女を、百歩譲ったとしても彼女には不相応な気がして、オレは忘れられないでいた。




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