理想恋愛屋
 萌はすっと立ち上がり兄に向かい合った。

ふわっと生温かい風が吹き抜けて、オレたちはごくりとつばを飲み込む。


「待っていた人が、いたんです……」

 ドクンと胸を突き破られた気がした。

まるで心臓が頭にあるみたいにオレの中で鳴り響く。



「社長──いえ、葵さんでしょう?」

 ゆったりとした兄の口調は全てを見透かしているかのよう。



 隣の険しい視線を送る彼女に連れてこられた、っていうのはもう今となっては口実にしかすぎない。


 オレが、萌の言葉を確かめたかったんだ。


 動かない萌をYESと判断したのか、池を回るように兄はまた歩き出す。


「……なんとなく、二人の様子を見てたらわかりますよ?」

 そういいながら、なんとオレたちが隠れている植木のほうに近づいてきた。

さすがにオレは焦って奥に身を潜めようとしたけれど、あのお姫様はまったく反応しない。


「おい、見つかるぞ!」

 小声で呼んでみたものの、むしろさらに見入っている。

ギリっと、ちかくの枝を震えるように握っていた。


 声の掛けづらい雰囲気を漂わせ、オレは仕方なくそばにいた。



 そして萌も兄を追うようにこちらに向かってくる。

「一度は終わった仲なんでしょう?」

 兄の質問は、痛いほどオレの傷をえぐる。

すぐそこにいる萌も、ばつが悪そうに唇を噛んでいた。


「すいません。
……じゃあ、前向きに検討ってことでいいですか?」

 くるりと振り返る兄に、萌はゆっくり頷いた。

まだ消化し切れていないからこそ、インターバルを置いたのかもしれない。


 全部知った上で受け止めようとする兄に、オレはどこかで嫉妬もしたし、尊敬もした。

同じ年月を生きていたって、こんなにも人は違うんだ。


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