理想恋愛屋
 あの児童クラブへ訪問した翌日、またもや学校帰りの彼女が重そうな紙袋を提げて現れた。

もちろんオレは忙しく仕事中なのだが、そんなことは聞いてもらえるはずがない。

しかし、来て早々、彼女が発した一言にオレは固まってしまった。


「……え…?」

 ぽかんとしてしまったオレに、ムリヤリ握らされた1冊の冊子に戸惑う。

彼女がまさかの選択をしたわけで、今までの扱いがまるで嘘のよう。


間もなく、硬直したオレに畳み掛けるように我が事務所に訪れたのは二人。


「さすが遥姫さんですねぇ」

 と、褒めちぎるのは相変わらず彼女の手下であるオトメくん。


「んもう、アタシ仕事忙しいんだけどなぁ〜」

 口を尖らせて入ながらぱらぱらとオレと同じ冊子をめくり、厭味っぽくオレにしなだれかかってくる秋さん。


そして、鼻を高々とさせた彼女は、いつもの武器ではなく、なぜかメガホン片手に咳払いを始めた。


「配役は決まってるわ」


 萌から頼まれた児童クラブでの演劇の話。

なぜか首を突っ込んできた彼女なわけだけど、すでに台本を準備していた。

その表紙には、『ロミオとジュリエット〜あおぞら園版』と手作り感たっぷりに書かれている。


「ロミオ役は葵だから」

 ニヤリ、と微笑む彼女は、本日事務所に来て早々に発した同じ言葉を、再び口にする。


 そう、まさかまさかのオレが主役!


 とうとう来たか、オレの時代!

彼女もようやくオレのことが解ってきたな、なんてフツフツと湧き上がる嬉しさに浸っていると。


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