理想恋愛屋
「おい、そんなことより……」

 セットの準備や衣装合わせの途中だし、子供たちを早々に出さないとそれどころじゃなくなる。

オレも衣装を引っ張られ、身の危険を感じ、呆れ半分に二人をみやったときだ。


「そうやって、オトナぶるほうが腹立つ──」

 都が彼女へと踏み出した一歩が、走り回った子供の足と絡み合う。



「危ないっ」



 誰が叫んだのか、それは本当に一瞬の出来事だった。

部屋中に一気に緊張が奔る。

走り回っていた子はすぐに尻もちをついていたが、都のほうは危惧していた通り、舞台から落ちそうになっていたのだ。


傾く体、見開く瞳、宙を舞う小さな手──



「……ぁ…っ」

 オレはいつの間にか耳元で、小さな悲鳴を聞いていた。


「大丈夫、か?」

 慣れなのか、咄嗟に倒れかけた都の腕を掴んでいた。

そして、そこには恐怖からなのか、大きな瞳に不安が揺れている。


恐る恐る見上げてきたその視線を受け止めた、つもりだった。


「さ……さわんないでよー!」

 何を言い出すのかと思ったら、顔を真っ赤にして怒り出す都。

「は?」

 ぐいっと押し返すように離れた都に、開いた口がふさがらなかった。

唖然としているオレに、萌はさすがに剣幕な表情で詰め寄ってくる。

「都ちゃん!そんな言い方ないでしょう!?」

「助けてなんていってないモン!」


 ああ、そうか。

顔を真っ赤にしてくるりと背を向けた都に、オレは妙に納得していた。


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