理想恋愛屋
「萌さん……?」

 オレは反対の袖に隠れているから、またいつものことかと再開されるのを待っていたのだけど。

客席から見ていたはずの“監督”の声音がどうもオカシイ。


「萌さんっ」

 バタバタとやってきた彼女に、どうやらさっきまでとは違う空気を感じ、みんな集ってくる。

そしてうずくまる萌が顔をあげると、しきりに足首を抑えていた。


「どうかしたか、萌っ」

「えへへ、ちょっとね……」

 眉をゆがめて無理に作った笑顔は、とうの昔に見飽きた。

けれど、口にした失敗はオレたちを追い込む。


「萌チャン、大丈夫?」

 すかさずやってきたのは、萌と似たような衣装をつけた秋さん。手際よく状態を見極める。


「……そうね、軽い捻挫ってとこかしら?」

「で、でも、歩くくらいなら……っ」

 と、無理に立っては、びっこを引いている。明らかにおかしい。

戸惑うオレたちに、彼女ははあ、とため息をついた。

「葵、車」

「は?」

「車出せって言ってるの!とにかく萌さんを病院に連れて行って、お兄ちゃんに連絡してすぐ帰ってきて」

 冷静だけども急き立てるような口調に、彼女の意図が汲めない。


「いいけど、でも……」

「劇はやるわ」

 半ば諦めムードだった部屋で、彼女は言い放つ。


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