理想恋愛屋
「そうなのよ、そこだけなのよね」

 うんうんとうなずく彼女が座る助手席の扉を開いてやると、すらりとタイツに包まれた細くて長い足が伸びてきた。


「なんであたしは葵なんかに頼んじゃったのかしら?」

 と、今更ながら元も子もないことを呟くもんだから、オレは怒りというより呆れ果てていた。


 はあ、とため息をついたオレに、何を思ったのか彼女はキッと睨んで詰め寄ってくる。


「絶対に勘違いしないでよ!?あくまであたしは“お客様”なんだからね!」

 お客、ねぇ……。

図々しさの塊のような物言いではなく、せめてもうすこし頼んでいるという態度をとってほしいものだけど。

「……ハイハイ」

 生返事ではあるがどうにか答えて、事務所へと足を運ぶ。

 エレベータに乗り、隣にいる不機嫌そうな彼女を見やり、あの日を思い出す。




 そもそも、発端はあの児童クラブでの演劇の日だった。



「何しに来たのよ、虎太郎」

「やだなぁ、遥姫、久しぶりに会えたというのに」

 虎太郎、と呼ばれた彼は、引きつった顔で威圧されていたにもかかわらず、気にも留めずに彼女の手を握る。

「迎えに来たんだって、遥姫を」

 端正な顔立ちの彼にそんなことを言われたら、大抵の女の子はイチコロではないだろうか。


「別に待ってもいないし、待たされた覚えもないんだけど?」

 彼女にぺしっと反対の手ではたかれ、彼はまた笑う。

「え?だってタクちゃん結婚するんでしょ?完全にボクの勝ちじゃん」

「あーのーね~っ」




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