理想恋愛屋
「ボク、池之内虎太郎(イケノウチ コタロウ)です。このあおぞら園で遥姫と一緒に過ごしていました」

「……は、はあ…」

 とびきりの笑顔で自己紹介されるものの、彼の勢いは止まらない。


「遥姫と結婚したいんですけど、いいですか?」

「ちょっと、トラ!」

 圧倒されているオレにようやく彼女の声でブレーキがかかる。


「いい加減にしてよ!あたしの話を聞いてた!?」

 いつも破天荒な彼女が至極まっとうな言い分だから、不思議な気持ちになってしまう。


「だって相手いないんでしょ?なら、ボクと結婚すればいいじゃない」

 きょとんと彼女を見下ろす彼は、オレがオンナだったらきっとキュンとしていたに違いない。

が、それは、後々悔やまれる思いになる。


「……そうね、アンタはそう思いたいわよね」


 ふう、とわざとらしい大きなため息をついた彼女は長い睫を伏せて、か弱げに視線を落とす。

そして、一歩ずつオレに近づいてくる。


 何故か走馬灯のように、頭の中で駆け巡る映像。

兄の腕からぴっとりと離れない彼女が、事務所に常駐し始めた日。

こっそりついていったデートで萌に頭を下げた日。

遊園地でこれでもかとはしゃいだ日。

オトメくんに頼まれたショーで、自信ありげに笑った日。

秋さんの片思いを、勝手に横槍入れた日。

何故かついてきた温泉旅行。


 それはいつだって非日常で、騒がしい毎日。

そして今日という日はそれをも上回るほど、忘れられない日となるだろう。


 彼女の満面の笑みは、何度も見てきた。

必ずオレに対するソレの裏には、純真すぎるほどの真っ白な悪意があるのだ。


「どういうこと、遥姫?」


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