理想恋愛屋
「どうしてくれんだよ!?」

 どうにか事務所に戻ってきたオレたちは荷物もまばらに、焦っていた。

オレの叫びを無視するかのように不機嫌な表情で押し黙る彼女。


「ワケわからないことにオレを巻き込むなよ!」

「………」

 見知らぬイケメンに何故か敵視され、挙句の果てにはライバル宣言。

少しは休ませてくれ!


 オレの心中を察するわけでもなく、彼女はチラリと見てきたかと思うと、また視線を戻し深いため息をつく。


「あのなァ──」

「帰る」

 遮るようにただ一言呟き、不機嫌そうに座っていたソファから腰を上げた。

そして扉の前でピタリと立ち止まる。

「……悪かったわね」

 そのまま静かに事務所を出て行ってしまった。


 まったく、なんだって言うんだ。オレが何をしたって言うんだ。

そんな疑問にすら答えない彼女に苛立ち始めたとき、事務所ではなく、オレのケイタイが震えた。

「……もしもし、葵です」

『こんにちは、葵さん』

 爽やかな声の主は、彼女の兄・匠さんだった。


『萌さんの状態も軽症でしたし、病院まで送っていただいたそうでありがとうございます』

 律儀な兄のお礼に、すっかり忘れていたことを思い出させた。

「酷くないようでよかったです」

 電話の向こうでクスクス笑う萌の声もして、早く回復することを願うばかりだ。

散々な一日を知らない二人と早々に電話を切るつもりだったのだが……


『今日、なんかありました?』

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