理想恋愛屋
 兄の一言にドキリと胸が痛かった。

「な、何かって……?」

 オレは何もしていないのだけど、どうしてこうなったのか、せめて理由だけでも知りたかったのだ。


『……その様子だと、やっぱり“彼”が現れたみたいですねぇ』

 苦笑も交えた口調に、兄は話がわかっていることが伺える。


「あの、いろいろ聞きたいことがあるんですけど」

『そうですね、長話になってしまいますから……病院も出ているので事務所に向かいます』

 そういって、やけに優しい態度に戸惑いつつ兄を待つことになった。


 秋も深まり北風が次第に強くなるこの季節。

演劇だ、なんてウカウカしていたオレに過去最大の受難がやってきたわけだけど。


「虎太郎……トラは、遥姫を昔から気に入っているんですよ。
僕らがあのあおぞら園に通っていたころから、ずっと」

 オレの苛立ちを見すかしたように、事務所に来た早々兄は話し始めてくれた。

「遥姫はね、ああ見えておとなしかったんだよ。ワガママも口に出来ず、ただじっと寂しさに耐えている子だったんだ」

 懐かしむように俯きながら、兄は口を開く。

その隣に座る萌も始めて聞く話なのか、静かに耳を傾ける。


「僕もこう見えて、なかなか寂しい子供時代を過ごしたもんでね。だから遥姫の気持ちはよくわかったんだ。
だからかな、遥姫は僕にベッタリでなかなか友達すら作ろうとしなかったんだ」

 なかなか想像しがたい彼女なのだが、こんなに切なそうに話す兄に反論できるわけがなかった。


「そんな中、唯一遥姫の手をずっと離さなかったのがトラなんだ」

 あのエセ王子風のイケメンくんは、どうやら心優しい少年だったらしい。

確かに物腰は柔らかそうだったが、彼女への愛情なのか執着心なのか、ソレはすごいものだった。

「無口であまり人と関わろうとしない遥姫は浮いていたし、先生たちも手を焼いていてね。周りの子たちも、どうしていいかわからなかったんだ。
それでも、トラはずっと遥姫の味方だったんだよ」

 ちょっと妬けるよね、なんて笑っていたけど。

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