理想恋愛屋
「あのォ、おたくサンは……?」

「兄ちゃんこそ誰や?」

 その問いに思わず口をつぐむ。

人の車に乗っておいて!と、年寄り相手に苛立つ自分を必死に抑える。


「まあ、ついたら分かる」

 少し関西方面の訛りが混じった老人はひらりと手を上げ、シートベルトをつける。

こうなったらテコでも動かなそうな様子に、しかたなしに再びアクセルを踏む。


 目と鼻の先の距離なのに車に乗るとは、半ば強制だったが、身体でも弱いのだろうか。

人の手に杖をぶつけてくるくらいだから、元気にみえるけど。


「兄ちゃん車のナンバーおもろいなァ」

 運転中、急に話を振られて戸惑うもバックミラーを確認しながら答える。


「あ、ああ、願掛けです」

「なんのや?」


 こんな見知らぬ老人に言って笑われないだろうか。

少しためらってから、チラリと左側のサイドミラーと老人を見た。


「51-51でコイコイ──仕事来い来い!ってコトです。実はこうみえて、小さい会社やってまして」

「ああ、そうだったなァ」


 “そうだった”……?

笑われなかったことよりも、オレは初めて会ったこの老人に仕事の話なんてしたことないけど。

そんな疑問は笑顔で誤魔化され、さほど離れていなかったためか、すぐ一ノ瀬家に到着する。


「ありがとうさん」

 そういって帽子が落ちないように手を添えて、にっこり笑う老人。


「……イエ…」

 不思議な雰囲気を持った老人が門の中まで入るのを見届け、オレは今度こそ家路についた。


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