理想恋愛屋
 オレの分まで涙を流してくれたんだから。

オレは、もういい。


 横目で見ると、大きな瞳いっぱいに涙を溜めて彼女は驚いている。

ビンタされたせいもあるだろうけど、目の下は真っ赤に腫れ上がっていた。


 あ〜あ、こんなになっちゃって。


 すっと回していた腕をはずして、その代わり広げる。


「匠さんにはなれないけど、代わりに胸くらい貸してやるよ」

 オレがそう言ったら、彼女は唇を震わせてキッと目尻を吊り上げた。


 罵声でも浴びせられるかな?

それでも、今だけだったら受け止めるつもりだから。


「ホントに役不足ね!」

 そう言って彼女はオレの胸に飛び込んできた。

シャツを握るその細い指が。
濡らすその涙が。

オレをくすぐる。


 小さな嗚咽を思い出したように繰り返す度、揺れる彼女の淡い色をした毛先。
落ち着かせるようにハネた髪をオレは梳き続けた。

「ひぃ…く、ううっ……」

 とどまることなく泣いていた。

「あ゛ほ〜……っ、返してよぉ〜」




 ずっと言えなかった『スキ』を伝えるかのように。



< 27 / 307 >

この作品をシェア

pagetop