理想恋愛屋
 勝ち目は未知数だが、あの自信たっぷりとした様子はかなりのプレッシャーで、オレはかなり悩んだ。

たった一週間しかない時間の中で、オレは自分なりに練習もしたし精一杯やってきた。


「はあ、緊張する……」

 寒さのせいだけじゃない赤く染まった手のひら。

ぎゅっと拳を作り落ち着かせるように深呼吸をしていると、ぽん、と肩に手を置かれた。


「葵さん、今日はありがとうございます」

 振り返ると、本日の主役でもある兄がいつもよりフォーマルな格好でピシっと髪型も決まっていた。

その上品な姿はやはり一ノ瀬家の者だ。


「い、いえ、こちらこそオレなんかを呼んでもらって……」

 と言いかけたところで、その後ろからクスクスと鈴のような笑い声が聞こえてきた。


「あらあら、今日は“遥姫ちゃんの恋人”のお披露目でもあるんですって?」

 チクチクと痛いトコロをついてくるのは、もう一人の主役の萌だ。

薄いピンクのいたってシンプルなワンピース姿で、兄に寄り添うように腕を絡めていた。


「おいおい、萌までプレッシャーかけないでくれよ……」

 これでも昨日から胃が痛いんだ。


「あはは、期待してますよ」

 まったく、意図的にオレのイヤなところを突く意地悪なオトコだ。


「遥姫ももうすぐ来ますし、会場まで案内しますよ」


 そういってクロークに簡単な荷物を預けると、麗峰の間という、すでに名前だけでも萎縮してしまう会場に案内された。


 一歩足を踏み入れれば、気品溢れる身なりの紳士淑女がすでに埋め尽くしていた。

ちらほらとテレビで見かけた顔もあり、忘れていたが、改めてこのビッグカップルに恐れおののく。


「結婚式はもうちょっとシンプルにしたいんですけどね」

 と、オレの心情を察した兄が付け加えたが、結婚式まで呼ばれたらたまったもんじゃない。


辞退しようとした、そのときだった。

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