理想恋愛屋
 そんなオレが彼の長所を並べてみるも、彼女は剣幕な表情を崩さず睨みあげてくる。

「うっさいわねー!あたしはお兄ちゃんがいいの!」


 まあ、ね。ソレ言われたらおしまいなんだけど。


「……それとも…」

 呟くと同時に足がピタリと止まり、彼女は半身をねじるように少しだけ振り向いた。


「それとも、本当に迷惑なら……今日はもう帰っていいわよ」

 きちんと彼女の顔を見れたわけじゃないけれど、らしくもない消え入りそうな声にオレはやっぱり弱い。

そんな顔をさせたくて聞いたわけじゃないのに。


「はる──」

「なんや、早速破局かァ?」

 本当に厄介な人が現れたことに、本日すでに何度目かわからないほどの大きなため息がでた。

「辞めるんやったらいつでもしィや」

 まるでなんにもなかったように笑う貴義氏に、オレも腹に力を入れて気合をぐっと入れなおす。


「あっはっはー、やだなー!ちょーっと話がすれ違っただけですよー」

 わざとらしいとは自分でも思うが、この殺伐とした雰囲気をぶち壊すため。

自分が撒いた種だ、身を呈してでもなんとかせねば。


「……そーか、まだ諦めへんのやな?」

「もちろん」

 鋭い視線に負けそうだけど、ココまできたらヒくわけには行かない。

ハッタリでもいいから、強気にみせなくては。


「葵?」

 ほんの少し。

微妙な変化ではあるけれど、彼女の不安はオレの良心に突き刺さる。


 オレは、今日だけは彼女のために一日をやり遂げる。それだけを覚悟して、この日を迎えたんだ。

貴義氏のプレッシャーは流石に数々の修羅場をくぐってきたのか、半端ないものだ。でも、負けるわけにはいかない。


.
< 284 / 307 >

この作品をシェア

pagetop