理想恋愛屋
 彼とオレの前には一つずつ銀色のワゴン。

先ほどエセ王子から聞いたクロッシュという名のドーム型のフタは冷気で曇っていた。


 ピン、と緊張が張り詰めるのは、婚約パーティ会場の隣の部屋。

その中央には、趣旨をようやく聞いたのか、むすっとした不満げな彼女と彼女の両親が座っていた。

まだ一度も彼女が目を合わせようともしないのが、後々の恐怖を煽る。


 ああ、例えこれで結果が伴ったとしても地獄行き決定だ。


「はじめまして、葵さん」

 そういって優しく笑ってくれたのは、彼女の継母。

「ハルちゃんや匠から、いつも話は聞いてるのよ」

 その笑った雰囲気はどこか萌にも似ていて、匠さんが選ぶだけはある、なんて考えてしまった。

「トラちゃんも久しぶりね」

「はい、あおぞら園を卒業してからお会いする機会ありませんでしたから」

 ペコリと軽く会釈をして流暢に答える彼は、相当度胸が据わっているのか、はたまた慣れなのか。


「ほら、あなたも……」

 そう促されたのは彼女の反対の隣に座る、彼女の父親。

「あ、ああ、そうだな。えーと……葵くん」

 じっと見つめられると、その瞳の奥には他の人とは違う何かがある。

さすがは現イチノセ社長だ、迫力が違う。


「し、仕事は、なにを……?」

 その堂々たる出で立ちとは反対に、どうも言動は挙動不審だ。

父親なんてそんなものなのだろうか?


「えっ、あ、はい……お恥ずかしいですが、小さい会社ですけど経営してます…」

 こっちもつられて言葉が詰まってしまったのだが。


「おお、そうか!君も会社を!!」

 と、急に顔が晴れやかになるのをみて、オレは驚かずにはいられなかった。


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