理想恋愛屋
 ほっと安心したのもつかの間、いつの間にか、彼女はオレのネクタイを握り締めていた。

はあ、とため息をついて中腰のまま、オレは動けずに見える範囲で彼女の指をゆっくりはずしていく。


だけど、一本外しては再び握り返され、それが延々と繰り返される。

いい加減、この体勢も楽じゃなくって腰が悲鳴をあげる寸前だった。


「んー……」

 非情にまずい事態だ。

目の前の眠り姫が、今まさに目覚めようとしている。


 急がなくては!

焦りとは裏腹に、彼女は一向に手を離す気配がない。


 そして俺の努力虚しく、とうとうタイムリミットを迎えてしまう。

ぱちっと大きな瞳がオレとぶつかった。


「お、おはよう」

 ひきつった顔が間近にあること間違いなし。


 こーんな体勢で、こーんな至近距離。

そんでもって、手を握ってしまってるもんだから。


「んな……っ!!」

 みるみる彼女の顔が赤くなる。


 まあ、照れんなよ。

なんていってられるほど、オレに余裕なんてあるわけない。


そもそも彼女のそれは恥ずかしいとかじゃなくて、怒りからくる色なのはすでに承知していたからだ。


「ちょっ……、待てって!」

 それは誤解だ!


 わなわな震える彼女の肩と腕、おまけに握りこぶしまで。


 ああ、これからの彼女の行動を考えると、恐ろしくてたまらない。



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